2005年 09月 18日 ( 1 )

学ぶ事には時がある、音楽にもカイロプラクテックにも

学ぶ事には時がある様だ。年齢も又チャンスも。 
私は毎日20人から30人ぐらいカイロプラクタアーとして腰の痛い人、肩の凝る人、頭痛のする人を手当する。皆な楽になったと言って帰って行く。
皆さん私をとても器用な人と思っているが、不器用がそのまま大人に成った様な人である。
私は子供のころある出来事で人の前で決して歌うまいと子供心に決心をしてしっまた。そのまま20数年歌わずに大人に成った。大人になり宴会の席が辛い人になってしまった。、何時か楽譜が読めるひと、歌える人に成りたいと思いつつ40歳に成っていた。
平成元年私の4人の子供のピアノの教師であり、有名なパイプオルガンニストの先生に楽譜が読めないこと、歌が歌えない事を話すと、ピアノを習いなさいと言う。先生はパイプオルガン、ハンドベル、コーラスの指揮と毎日多忙なスケジュルをこなす、肩が凝り腕が痛い、私の手技と先生のピアノの授業の物々交換が始まった。
6年間毎日ピアノを練習し2週間に1度レッスンをうけた。、毎日左右の指を別々に動かすことを練習した。、親指、人指し指、中指は力が有り生きているが、薬指、小指は力が無く死んでいる事に気がついた。、5指の力を揃える練習をした、リズム、力かげん、指はこびが如何しても上手にならない。もう成長が望めなくなった時先生がぼつぼつ歌を歌ってみない、先生を紹介するからと言う。
紹介された先生は、エリザベト音大を出た女性の宗教声楽の先生だ、週に一度のレッスンだが私にとっては一番集中する時になった、先生は正確に楽譜の読めない私に手を替え品を替え理解させ歌はせようと努力する、私も応え様と必死に歌う、発生練習、コンコーネ、歌と1時間のレッスンがすぐ終わる。このようにして音楽に出会って15年、しかし学ぶには時を過ぎていた様だ、だんだんと難しい曲に進むのは進むのだが、せっかく時間を掛けて覚えた曲を次の曲に集中すると忘れてしまう、この努力を子供の頃にしていたらと反省しきりだ。音楽を学ぶ時は若いほど良いようだ。 
一方私はカイロプラクターの学びを30歳過ぎから始めた、手技手当は多少の人生経験を積んでから始めて正解だった。この仕事に出会い私は劣等感から解放された。
福岡の律体研究会で2年間、解剖、生理、カイロ技術を時間を掛け熱心に学んだ。この仕事を学ぶに一番いい年齢だったのだろう、短い時間に学識と技術を身に付ける事ができた。、開業して出会った人、手当をした人が楽になったと何度でも来てくれることが私に自信を付けてくれた。開業して28年になるが最初のころに来てくれた数十人の人が月に2度ぐらい今でも来院する。その人達をたいくつさせない様に新しい技術、話題を提供しなければならない、勉強しつずけなければならない。不器用でもいい、ゆっくりでもいい浮気せずに決めた道からはずれなかったなら、必ず成長があり人生は楽しいものになる。
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by hiroshimakairo | 2005-09-18 23:56 | 音楽