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私が手当てをしているお客さんで最高齢96歳の女性が亡くなった。声が大きく、姿勢が良く70歳の前半にしか見えなかった。
若さは後ろ姿に一番でる、人によっては50歳後半でも 猫背が強く姿勢が悪いと70歳に見える。 私は彼女を、75歳ぐらいから二十数年、週に1回手当てした。彼女は前後、左右、身長と体重のバランスも理想的だった、私が手当てした十数年、間一度も関節の痛みを訴えることは無かった。 私は彼女を継続的に手当てする事によって、人はリュウマチなど難病を除き身長と体重のバランス、運動による筋力の継続的維持がなされ、 体幹の前後、左右のバランス、四肢のバランスが取れていれば、腰痛、肩こり,背中の痛みなどの関節痛はほとんど起こらないと信じるようになった。 しかしその彼女も95歳を過ぎたころから脚のだるさを訴えるようになった。脚のだるさは全身の 衰弱を現すのだろう。毎日朝、晩の散歩を欠かさなかった彼女も寄る年波には勝てなかった。 私の手当てを最後まで受け、私に沢山の事を教えてくれた彼女も帰らぬ人になった。最後まで 75歳の元気な時の姿勢のままで。 私の施術院には4台の施術ベッドがある、一つ一つに特徴があるが、一番大きな場所を取っているのは、トンプソン多機能施術ベッドです。
10年前にこの革命的なベッドに出会って、私の手技は大きく幅が広がり改善され、多くのお客さんを手当ての対象にする事が出来るようになった。 カイロプラクティックはアジャストメント(瞬間的押圧)によって脊椎の可動域を改善し、神経の伝達を良くし、身体の回復力を改善する手技療法ですが、又一方では身体全体の前後、左右のバランスを良くし肩こり、頭痛、腰痛等を改善する手技療法です。 施術者よりも大きい人、お腹が前に突き出ている人などには力不足で苦労していた。ところがこのトンプソンベッドは腰痛で動く事がままならない人も腹伏位、仰臥位に他動的に姿勢を変える事ができる。 それまで手当をしてあげる事が困難だった身長の高い人、体重の重い人も手当の対象になった。特にギックリ腰には有効である。足をひきずり腰に手を当てて来た人が、自然な歩行で帰って行くのも珍しくありません。 頭痛、肩こり、腰痛で困っている人、ぜひ一度トンプソン多機能施術ベッドでの施術を体験してみてください。 私の施術院の大きな西壁には、いつも一枚の絵が掛けてある。季節ごとに掛け替えている。 絵は人の心を和ませてくれる。心の世界を大きく広げてくれる。
一枚一枚の絵には、私の思い出がある、30年前パリへ旅行に行った時モンマルトルの丘でサクレクール寺院を画いていた画家から、なけなしの金で買った青いパリの空に輝くサクレクール寺院の油絵。 28年前私がカイロ院を開業したとき、尊敬する女性社長が開業記念にと送ってくれた、生き生きとした、あじさいの水彩画。 20年前エジプトへ旅行に行った時求めたパピルスの絵などさまざまだ。 比べるのではなく、何気なく、施術を受けながら、気楽に鑑賞してもらうため季節ごとに一枚ずつ展示する。 数年前お客さんの中の画家の奥さんから遺作の提供を受け作品の数が増えた。風景画、花の絵と幅がひろがった。クラシック音楽を聴きながら、季節ごとに替わる一枚の絵を鑑賞しながら施術を受けてもらっている。 まだ寒い2月の始め75歳の女性が、娘さんに抱えられる様にして、私のカイロ院を訪れる。 私の友人のカイロ師からの紹介であった、痛みで距離のある友人の施術院に通えないと言う、姿勢、訴え年齢、からして圧迫骨折が疑はれたが、本人は転倒も尻餅もついていないという。高齢ではあるし訴えからして要注意である、決して急いではならない。
うつ伏せは危険と判断し横から手当てする事にする。 彼女の願いは、お盆に小高い瀬戸内海の見える丘に在る先祖のお墓に自分の足で参ることだった。 私ども3人のスタッフは彼女の症状を後戻りさせないように、週に3回慎重に手当をした。横向きでの丁寧な手当ては、功を奏し最初の数回の手当てで杖なしで立て、少し歩ける様になった。1ヶ月めには明るさも戻り冗談も出るようになった。 カイロプラクティックの施術は若い人には特に有効で、痛めてから日にちが浅い人は劇的に効果がある場合が多いが、高齢で慢性化した場合は施術者は慎重にお客さんに向かわなければならない、今回の彼女の場合も伏せて後方から押すと確実に悪化する、横向きになってもらい筋力を落とさぬように、殿筋、梨状筋、下肢の筋肉、腰まわりの強化に努める。 願い叶って今年のお盆には、暑いさなか、自分の足で丘の上のご主人の墓に参ることが出来たと、大きな喜びの表現で私たちスタッフに報告して下さった。 喜ばれ、感謝され私どもスタッフも一緒に喜びを共にした。
テレビ局から電話あり、年末に多くなるギックリ腰の特集をテレビ宣言の中で組みたいと取材を依頼された。
今までにも何度も取材を受けているが、広島テレビのゴールデンタイム何百万人の人がカメラの向こうで見、聞いていると思うと、少し早口になってしまう。 今回はギックリ腰、私が治療師に成った30年前のギックリ腰と今のギックリ腰の原因の違いを話す事にする。 30年前の治療対象者は男女を問わず戦後の日本の何も無い時代、牛馬のように前屈姿勢で頑張った人たち、身体はおのずと腰猫背、腰椎後湾になっていた。 家庭での手当は伏せて背中、腰を後ろから丁寧に押してあげれば8割の人は楽になった。現在は違う。 30年の時の経過は日本人の生活環境を激変させた。農作業もほとんど機械化田んぼに足を入れなくても米が取れる、家庭での労働も全て電化が進み腰での前屈姿勢が無くなった、 日本人の胴長,短足の体型も欧米人の様に足が長くなった。身長は伸びたが専門的にスポーツをする人以外、運動不足で腹筋、背筋が弱い、特に腹筋が弱い、立位でお腹突き出し背中猫背に成っている。 30年間で日本人の立ち姿が腰の部分で全く逆転した。ギックリ腰の原因が大きく変わった。おのずと治療の方向は腹側から背側にと逆になった。筋肉強化運動も腹筋の強化が主体になる。 今回のテレビ宣言は自分が生きた時代、姿勢習慣よってギックリ腰の原因、対処方法に違いがあること、若い人、身体を動かさない人はほとんど腹筋が背筋に対し負けている、腹筋の強化運動を指導した。11月22日に放送された。 九州に大きな被害を出した、雨台風の14号が山口から山陰沖に出て日本海を走り抜け北海道に行ったその日の12時30分広島発千歳行きのANAで、北海道2泊3日の小旅行に夫婦2人で出かけた。今回の目的の一つは、余市に住む旧知の友の家族の子供達の成長した姿を見る為だった。
旅には色々な楽しみ方があるが私は、行く前に資料を集め勉強してプランを立て、コースと時間を割り振り、旅行が自分が立てた予定どうりに行くかを楽しむのです。 今回はハラハラの連続だった、前日になっても明日札幌便が飛べるかどうか分からない、仕事はすべて予定を入れていないのだし、飛行機は自分の方からキャンセルを入れると半額のキャンセル料を取られる、待つしか方法は無いのだった。台風は旅行をする者にとっては大敵だ。 幸い北の大地北海道は、台風一過雲の切れ目から青空が望めた。北の大地を低い太陽が横から照らす、塵の吹き飛ばされた清らかな空気の中を一直線で照らす。北欧の風景画の様だ。 千歳でレンタカーを借り道央自動車道を西へ洞爺湖へ向かう、右前方に有珠山を望みながら高速道をひた走る。洞爺湖温泉は私たちを花火大会で迎えてくれた、湖畔の洞爺湖温泉は天気の良い日8時45分から20分間7.8.9月、毎晩湖畔のホテルと湖上の観光船から観賞できる湖上で、見事な打ち上げ花火と仕掛け花火をしている。湖を左から右へ移動しながら、外輪 の山々にこだまし大きな反響がドンとする。 2日目は青空のもと羊蹄山を望みながらのドライブ、中山峠を越え札幌経由で小樽、余市へと車を進める。友と家族との久ぶりの再会で話に花が咲いた。 3日目今回の旅の最後の日不思議な出会いをした。昼前レンタカーを返す時間調整の為道央自動車道恵庭サビスステイションに入った、広い駐車場は少しの空きは有ったがほぼいっぱい、私はワゴン車の隣に車を入れた。 車から降り振り向くとワゴン車でドアを開け荷物の整理をしている女性の背中に見覚えがある、私は治療師いつも背中を見て手当をしている、もしかしてモシカシテと思い彼女が振り向くのをしばらく待つ、振り向いた彼女はまぎれもなく私が手当をしている人、月に数回、疲れた時背中が痛いと手当てをしている。 彼女は旅行の1週間前に手当に来た、いつも旅の話が話題にのぼるが、その時は互いに旅行の話は全く出なかった。北の大地北海道で互いに顔を見合せながら、なぜここで遭ったのかと目を円くする。私はANAで2泊3日、彼女ご夫妻はJALで4泊5日のレンタカーでの北海道旅行、宝くじの特等に当たるより難度が高い、何か切れない糸でつながっているのかと話す。 治療師の癖で顔を見るより先に背中を見てしまう、確かに背中に見覚えがあった。不思議な体験をして今回の旅を予定どうりに終えた。 学ぶ事には時がある様だ。年齢も又チャンスも。
私は毎日20人から30人ぐらいカイロプラクタアーとして腰の痛い人、肩の凝る人、頭痛のする人を手当する。皆な楽になったと言って帰って行く。 皆さん私をとても器用な人と思っているが、不器用がそのまま大人に成った様な人である。 私は子供のころある出来事で人の前で決して歌うまいと子供心に決心をしてしっまた。そのまま20数年歌わずに大人に成った。大人になり宴会の席が辛い人になってしまった。、何時か楽譜が読めるひと、歌える人に成りたいと思いつつ40歳に成っていた。 平成元年私の4人の子供のピアノの教師であり、有名なパイプオルガンニストの先生に楽譜が読めないこと、歌が歌えない事を話すと、ピアノを習いなさいと言う。先生はパイプオルガン、ハンドベル、コーラスの指揮と毎日多忙なスケジュルをこなす、肩が凝り腕が痛い、私の手技と先生のピアノの授業の物々交換が始まった。 6年間毎日ピアノを練習し2週間に1度レッスンをうけた。、毎日左右の指を別々に動かすことを練習した。、親指、人指し指、中指は力が有り生きているが、薬指、小指は力が無く死んでいる事に気がついた。、5指の力を揃える練習をした、リズム、力かげん、指はこびが如何しても上手にならない。もう成長が望めなくなった時先生がぼつぼつ歌を歌ってみない、先生を紹介するからと言う。 紹介された先生は、エリザベト音大を出た女性の宗教声楽の先生だ、週に一度のレッスンだが私にとっては一番集中する時になった、先生は正確に楽譜の読めない私に手を替え品を替え理解させ歌はせようと努力する、私も応え様と必死に歌う、発生練習、コンコーネ、歌と1時間のレッスンがすぐ終わる。このようにして音楽に出会って15年、しかし学ぶには時を過ぎていた様だ、だんだんと難しい曲に進むのは進むのだが、せっかく時間を掛けて覚えた曲を次の曲に集中すると忘れてしまう、この努力を子供の頃にしていたらと反省しきりだ。音楽を学ぶ時は若いほど良いようだ。 一方私はカイロプラクターの学びを30歳過ぎから始めた、手技手当は多少の人生経験を積んでから始めて正解だった。この仕事に出会い私は劣等感から解放された。 福岡の律体研究会で2年間、解剖、生理、カイロ技術を時間を掛け熱心に学んだ。この仕事を学ぶに一番いい年齢だったのだろう、短い時間に学識と技術を身に付ける事ができた。、開業して出会った人、手当をした人が楽になったと何度でも来てくれることが私に自信を付けてくれた。開業して28年になるが最初のころに来てくれた数十人の人が月に2度ぐらい今でも来院する。その人達をたいくつさせない様に新しい技術、話題を提供しなければならない、勉強しつずけなければならない。不器用でもいい、ゆっくりでもいい浮気せずに決めた道からはずれなかったなら、必ず成長があり人生は楽しいものになる。 カイロプラクティックの手技は何歳まで出来るかとの質問をよくもらう。私は現在10歳の小児から94歳の高齢の人までを手当てしている。
94歳の彼女は明治44年生まれ、若い時に、アムステルダム オリンッピック大会で三段跳びで日本に最初の金メダルをもたらした織田幹夫(広島県海田町出身)からハイジャンプ(走り高跳び)の指導を受けた事のある女性だ、彼女は94歳の今まで、肩こり 腰痛を経験した事が無いと言う。 最近私も歳を取ったかしら、足が重くだるくなった、背中が少し硬くなったと、私の手当てを求める。彼女の姿勢分析をすると、立位での後方からの重心線は、左右対称で、ほぼ理想だし、側方からの重心線も足の外髁、膝、股間節、肩、耳と理想のプロポーションである。 理想の体型、体重ならば、腰 膝 足は悪く成らないと言う証明の様な人です。数十年間朝晩の20分の散歩は欠かした事は無いと言います。 私は彼女をまず腹臥位で背中を呼吸に合わせ丁寧に押し、背中の緊張を緩め、左右の起立筋を手当てし、腰と足を整え、仰臥位で頚椎のアジャストをして20分で施術を終えている。 カイロのテクニックは角度、力度、速度から成り立っている、年齢、体型、症状をよく観察し角度、力度、速度を決定すれば90歳代でも施術可能だ。 しかしカイロのアジャストは瞬間押圧を意味する、男女とも50歳を過ぎると変形性の脊椎症が始まる、注意深い力加減が必要だ。私は28年の経験からほぼ全年齢にアジャストを施している、何時も細心の、さじ加減が必要だ。 明治生まれの彼女は首のアジャストをしてくれといつも頼む、大きな音がして頸椎が動くと、首が回る生き返ったと大きな声で喜びを表わす。 正しい解剖知識とさじ加減の出来る正確なアジャストが出来れば、何歳でも施術可能だ。
私を含め、施術者は物理的な力によって人を手当てしている。
開業から数年たち毎日10人以上手当てする様になると、ほと んどの施術者は腰が痛い、肩がこる、背中が痛いと訴える様になる。 人を助け自分を壊しているのだ、私も例外ではなく、腰痛、背 部痛、膝痛、手首の痛みを経験した。そのつど治療姿勢を変え 負担の掛らない方法に改良したり、施術ベッドの高さを変えた りして乗越えてきたが、10年目に手首に強い痛みを感じる様 になった、毎日毎日手で背中を押し、首のアジャストを多数の 人に施術していた。 自分の手首を見ると前腕の二つの骨、とう骨と尺骨の靭帯が緩 み手首がグラグラになり変形している。靭帯の強さは非常に個 人差が有る、私は手首の痛みと変形に驚き、将来この仕事が継 続出来るのかと不安を持った。 しかし、痛みの中で、もがきながら素晴らしい手技に出会った 、辛い時、行きずまった時に求めつずけるならば、必ず解決は 与えられるものだ。 与えられたその手技は、母指頸椎テクニックだ。施術者の手首 を痛めず、手当てを受ける人の首にも負担の少ない素晴らしい テクニックだ、この手技は頸椎全般に用いる事が出来、特に上 部頸椎に有効だ、この手技に出会って私の頸椎テクニックは進 歩した。 私の弱い手首、弱い靭帯は変わらないので、その痛みの経験以 来必ず手首にサポーターをして手当てをしている。 仕事で毎日パソコンを使う人、農作業をする人、重量物を運搬 する人、すでに手首、肘の痛い人は、仕事をする時必ずサポー ターをしよう。 肘の外側の痛みの有る人も手首のサポーターのみで治る事があ る。プロ野球の選手、ゴルファーも伊達でサポーターをしてい るのではない。 私の施術院に色々な症状を持つ人が尋ねて来るが、その中に髪の毛に風が当たっても痛い、手で触れても痛いと訴える人がいる。
頭頂から後頭、側頭にかけてビリビリすると訴える。私も経験の浅かった25年前には、髪の生えている部分の頭皮が、風が当たっても痛いとの訴えで驚いたが、その後注意して問診をしていると、人により程度の差は在るが沢山の人が後頭部の不快を訴える。 頭頂から両耳を結ぶ線までの頭皮の神経支配は、頸椎の1番と2番の間から出る大後頭神経の支配領域だ、後頭骨と環椎(第1頸椎)と軸椎(第2頸椎)を上部頚椎と言い、頭を屈曲、伸展、側屈、回旋させる動きのかなりの部分を担当している。 その上、上部頚椎は目の線を水平に、鼻の線を垂直にしょうと、体幹の前後の重心、左右のねじれを補正し、微妙に変位し固定してしまう、身体のどの部分に問題が起こっても、上部頸椎は左右非対称に固定し、頭痛、肩こり、めまいの原因になる。 その上部頚椎が変位、固定した人の一部が大後頭神経痛を訴える。左右どちらか一方の頭頂から側頭にかけ、頭皮に違和感がある人は上部頸椎と、上部頸椎をその様に変位、固定させている原因の腰仙部か、腰背部を一緒に手当てしてもらおう。カイロプラクテックが一番得意としてる領域分野です。 私は新しい物が大好きです、35年前の大阪万国博の時も、5回も行った。アポロ宇宙船が持ち帰った月の石を見て感動したのを、たったこの前の様に覚えています。あの時の万博の入場者が6600万人だった。35年ぶりの今回の愛知万国博覧会は、目標入者数は1500万人だそうです。大阪万博の時は毎日入場者数がニュースで報道され毎日30万人 40万人でした。
今回の愛知博は広い会場に点在するパビリオンですので、先回ほどの混みは無いと予想されましたが、一番入場者の少ない時を狙い、梅雨で尚且つ月末の6月の最後の週の水、木曜に行きました。 広島駅から新幹線のぞみで2時間20分 名古屋駅でJRの愛知博シャトル便に乗り約4時間で会場に着く、まず今回の驚きは、入場ゲートの手荷物検査、空港での手荷物検査と同じ手順だ、なかなか厳しい。大阪博の時の未来は薔薇色みんな善人、一人でも沢山来ればいいと、思っていた時代と大きく変わったと思い知らされた。 長久手会場は、緑豊かな丘陵地帯に在るが、私が行った6月30日は、梅雨の晴れ間太陽が真上から強くあたる、雨傘は無用の長物、日射病が恐ろしい、少ないと予想をたてたこの日も既に8万人の入場者とのこと、人気のパビリオンはすでに、3~4時間まち、待ちの少ない所から攻める事にする。幸イタリア フランス 舘はほとんど待ちなし、人気の高いドイツ舘は1時間30分待ちだった。待つのは辛いが名古屋近郊の回数券を手にした元気なおばさま方が、話しかけてくれて情報をくれる、待つのも楽しい事だと知らされる。彼女らはすでに5~6回も来ていると言う。 私たちは2日間で約20時間40ヵ国ぐらい駆け足で見て回った。万博見物は体力勝負だ、熱射病対策に何本ペットボトルを買って飲んだ事だろう、少しずつ水を飲むことが大切だ。 1日目の最後に、トヨタ舘に入れた事が幸だった。キャンセル待ちの列の最後部につけた、入れるか多少の不安はあったが係りの人が私どもをカウントしたから、入れると信じ1時間待つ、二足歩行のロボットがトランペットを吹きながら、隊列をくんで行進するのは圧巻だった。腰の振り、頭の動き、手の振り、足の運びなど実に人の動きに真似、いつも人の身体の四肢の動きを観察している、私にとっても機械が身体をくねらせ前後、左右に重心を取り前進するのをみて、人の動きの再現に驚いた。確かに今回の博覧会の目玉である。難しい技術が凝縮されている、人の動きは複雑である。.ロボットのトランペットの曲に合わせ大屋ねの下で、人による空中ショウが繰り広げられ今回来たかいがあったと皆が感動していた。皆さんも2足歩行のロボットを見に行って下さい。熱いから熱中症に気をつけて。 演奏が聞けます 膝が痛い症状にも色々あるが、若いのに膝が重い、だるい、原
因を考えても思い当たらない、スポーツによる靭帯損傷も無く 、半月板断裂も無いのに、膝が気になり辛い、痛い、重い、だ るい人の場合を考えてみよう。 膝の周りのたくさんの筋肉は、腰椎の下部から出る坐骨神経の 枝の一部から神経支配されている、坐骨神経は腰椎4番、5番 、仙骨1番の神経根が合わさり、坐骨神経になる、この場所に 神経根の圧迫があると、膝裏に漠然とした、痛み、重だるさが起こる。 若い人には腰の前わんが強い人が多い、運動をしない、筋力が 無い、その上ハイヒールを履くと、おのずとお腹突き出し姿勢 が習慣になり、腰椎が過前わんに成る、すると下部腰椎の神経 根の出入り口が狭くなり、膝裏に症状がでる。腰痛がある場合 はもちろんだが、時には腰痛が無くても、膝が重く痛い、場合がある。 私も30年前、過前わんから強いギックリ腰になり、腰椎辷り 症になった。長く腰痛で悩まされたが、その時いつも膝の重だ るさに悩まされた。膝に変形が無いのに辛いのだ、今では辷り 症の対策が出来ているので、膝では悩ませられなくなった。 けがや事故に遇った事も無いのに、膝が悪い、気になる人は下 部腰椎が悪い場合が多い,カイロプラクテックで腰を手当てし てみよう。
肩こりは、日本人の四人に一人が、訴える国民病だと言われています。欧米には肩こりに当たる言葉が無いそうです。何故日本人には、肩こりが多いのでしょう。
その原因の一つに、体型と姿勢の違いが有るように思われます。欧米人は狩猟民族を祖先にしていると言われています。毎日毎日原野を、獲物を求め槍を持ち集団で移動し命を繋いでいました、自然と胸をはり、足は長くなり,能動的な欧米人の体型に成ったものと思われます。欧米人には、猫背は少ないのです。 それに対し日本人の祖先は縄文時代の昔から木の実を拾い雑穀を食べ、弥生時代からは、稲作を始め、鋤 鍬を用い田んぼを耕しました。同じ場所に定住し、下を見ての仕事が主体になりました、自然と猫背になり、足も短くなり今の日本人の基本体型になりました。農作業により大胸筋が肩甲骨を前方に引き、背中猫背になってしまいました。 猫背は横から見た時の、身体の重心線を狂わせます。身体が持っている生理的わん曲を狂わせます。全ての不調の原因になりますがとりわけ、肩こりの原因になります。首の生理的わん曲が崩れると、首から出る神経が、首と肩甲骨周りの筋肉へ神経を送っています、肩こりの主要な原因になります。 筋肉の血液循環は、自律神経の血管運動神経によって支配されています、首の生理的湾曲が崩れると、筋肉の要求する充分な、血液が送れなくなります、すると肩がこるのです。 硬く凝った肩は強く揉んではいけません、筋肉繊維を痛めるだけです。背中の柔軟性を取り戻し、首の関節を調整し血管運動神経の通りがよくなれば、揉まなくても肩こりは軽快します。カイロプラクテックでは一番得意とする分野です。 首が重い、痛い、肩が凝る、筋緊張性頭痛など、ぜひ一度試して見て下さい 肩こりは、全身運動が有効です、歩く 走る クロールを泳ぐなど、左右対称基礎運動をしましょう、一日一度は汗をかく全身運動をしましょう。私は朝から晩まで毎日、何十人か手当し肩は、使いぱなしですが、肩こりは知りません。肩は基本的に、正しい位置、正しい姿勢で、仕事をする事によっては凝りません。動かせば動かすほど、血液の循環が良くなるからです。肩が凝るのは不良姿勢によってすでに、首 背中に異常があるのです。 五十肩はよく知られた疾患だ、腕が上がらなくなり髪が梳けない、そのうえ帯が締めれなくなれば、ほぼ五十肩である。40~50歳ぐらいの男女によく起こるので俗名五十肩と言うが、女性の方の発症が少し多いようだ、肩甲骨と上腕骨の間の、肩関節の関節周りの腱板が、炎症を起こし痛みが有り、動かせなくなった状態である、正しくは肩関節周囲炎、英語ではフロウズンショウルダー 凍りついた肩の意味である。
人が目の線より高い位置に在るりんごを取る動作を分析してみよう、右ききの人の場合まずりんごに向かって顔を向け、右上肢を挙上し右手を伸ばし、肩甲骨を廻旋させ、同時に胸郭 腰を伸展させ、右足に重心移動させて、りんごを取る。りんごを取る動作一つにしても身体は手の先から、足の先まで連動している。本来与えられている関節の動きが正しく発揮されてはじめてりんごが取れる。 肩関節は他のどの関節よりも動きが大きく、描円運動が出来、デリケイトである。上肢体は鎖骨と胸骨、のみで体幹と骨で連結され、肩甲骨は筋肉の海に浮かぶ船である、鎖骨と肩甲骨との関節 肩鎖関節、 肩甲骨と上腕骨との関節 肩甲上腕関節、肩甲骨と胸郭との滑り、この4つの関節が本来の正常な動きが出来なければ、樹に実ったりんごを取ることは出来ない。 私は五十肩の主な原因は、猫背により固定された胸郭により、上肢体の連動が出来ないことが、肩甲上腕関節に大きな負担を掛け、肩関節周りの腱板を痛めた状態であると理解している。肩の腱板は痛めると他の靭帯組織よりも修復に時間が掛かると言われている。 私は腹伏位で背中を押圧し、座位で側屈、回旋をさせる事により胸郭の柔軟性を取り戻す手当を行っている。肩と背中の上部の筋肉は、神経支配を頚椎4番 5番から受けている、頚椎の調整も必要だ。 軽度の五十肩ならば背中の柔軟性を取り戻す操作、首のアジャスト、肩の運動の指導で5回ぐらいで改善する。腕を少し動かしても激痛がする、夜間痛がするほどの重度の五十肩の場合は、ねばり強い患者と施術者の協同作業が必要だ、肩を冷やさない工夫、患者本人による自動運動、施術者による他動運動も必要である。 上肢体と体幹がしなやかで互いに連動していれば、五十肩は起こらない、どこまでも予防第一である。若い時から歩く、走る、泳ぐなど左右対称基礎運動をしっかり訓練し、筋力を鍛え且つ、身体のしなやかさを失わないようストレッチもしよう。太極拳の様なゆっくりとした大な動きを伴う運動が50肩の予防には最適だ。 現在の私の治療院は、広島市西部の広電宮島線の鈴ヶ峰学園前、交通の便が良く且つ,陽の良くあたる素晴らしい環境の場所に位置している。四年ほど前西区南観音結婚式場グランラセーレ平安閣前から現在地へ引越してきた。暗く狭い陽の当たらない治療院だった。その様な悪い環境だったにもかかわらず実に多くの方々が治療に来てくださった。
その中に今も継続して来てくれる男性がいる。12年前彼は突発性難聴で入院中であった。わらをもすがる思いで私の治療院を訪れた。突発性難聴は今でも原因不明で諸説あるが、内耳の循環障害説、ウイルス感染説などが主なものだ。20~50才ぐらいの働き盛りの男女それもエリート社員が突然難聴に襲われる。ほとんどの人は発症から数日の内に病院を訪れるが、病院では手遅れになると治り難い、入院し点滴する事を勧める。入院中彼はこっそり抜け出し私の治療院を訪れた。後頭骨 第1頸椎 第2頸椎を触診すると大きく変位している,これが原因の一つだと彼に説明しアジャストすると,その場で耳が解放された、治ったと言う。それから1週間で彼は病院を退院した。 それ以来私は難聴はカイロで改善されると確信し難聴 耳鳴りに挑戦している。カイロの歴史は110年前創始者アメリカ人D .D パーマーが召使いの難聴を治した事から始まったと伝えられている。 アジャストが有効な難聴は循環障害に因って起こっていると考えられる。少しでも手当ては早い方がいい、遅れると神経がやられるのだろう。私の経験では長く患っている人でも多少の改善は有るが発症してから日時が短いほど成績は良いようだ 。25歳だった彼も今では30才後半の働き盛り、時々背中が痛い首 肩が凝ると言って数ヶ月に一回治療にやってくる。今でも疲れ過ぎると少し難聴気味になるが首と背中と腰のアジャストで軽快して帰っていく。彼を手当てしてから彼と同じ様なケースに何度も出会った、多様な原因が在るから全てに適用ではないが、ほとんどは疲れ ストレスによる首の緊張による後頭骨 環椎 軸椎の位置異常による循環障害だ。軽快すると言う事実から私はその様に思う。 十数年前、私は日本カイロ師会広島支部の開設以来の会員であった。、私の治療院で毎月、定例勉強会を、日曜日7~8人で開いていた。
勉強会の途中11時ごろ、日曜日には鳴らない電話が突然鳴った。取るか、取るまいか案じたが電話を取った。頭痛がする今すぐ治療がしてほしい、行ってもいいかとの電話、日曜日だし勉強会の途中、少し考えたが、出会った人は大切にとの私の信念で、昼の休憩の12時に来るようにと返事をした。 会員の皆が、昼食に行っている間に40歳ぐらいの彼は来た。ここ数ヶ月頭痛に悩まされ、朝昼晩、薬が要ると言う、何とかして頭痛を取ってくれと言う。懇願され、私も何とかして治したいと丁寧に後頭部、上部頚椎を触診すると、後頭骨と環椎(第1頚椎)の間隔が狭くなっている、その上環椎と軸椎(第2頚椎)が後方に回転している、これが原因と、2ヶ所をアジャストすると、大きな音がして関節がうごいた。楽になった、今までの痛みが嘘みたいと言う。問診 触診を含め20分の治療で楽になったと言う。念のため次回は一週間の内に普通の日に来る様にと話、帰ってもらう。 彼は一週間の内に再び治療院を訪れた、頭痛は取れたあんなに痛く、辛かった頭痛が取れた、自分にも治療を教えてくれと懇願するのだ、あまりの熱心さに私も心動かされ、もう一人同じ様に教えてくれと言う人が居たら考えようと返事をしてしまった。それから二ヶ月今度は25歳の男性が股間節が悪いと言ってくる。彼も股間節が数回の手当で軽快した、その彼も教えてくれと懇願する、同時期に同じ申し出が重なったので何かの縁かと決心、二人に教えることになった。。この二人が最初の私の生徒である、すでに12~3年前のことである。二人は3年ほど私の手もとで勉強し、他の師会でも、研修研鑽を重ね今では広島郊外で立派な治療院を経営している、人は出会った事に正直に生きると思わぬ成長があるものだ。私は今でも二人の熱心さに敬服している。
私は20代の前半 何気ない動きの中で強烈な腰痛を経験しその場から動くことも這うこともことも出来ずうずくまったままだった。
初めての腰痛で その時はこの痛みが、ギックリ腰とも解らずその場でうずくまり呻き声を上げるばかりだった。最初の2日間トイレに行く事もままならず、椅子を寝床の横に置きそれにつかまって起きるのだ。その時の痛みは忘れることが出来ない、寝返りは打てず起きようとするとズキンと激痛がする。周囲の皆からこれがギックリ腰、安静が一番と教えられひたすら布団で横になっていた。動ける様になるのに1週間、元の様に車の運転が出来、仕事に復帰できるのに1ヶ月掛かってしまった。 これが私が治療師になる前に経験した最初の腰痛との出会いだ。それから1年半全く腰痛のことは忘れて仕事をしていたが、悪い事は忘れた頃にやって来る、車の荷物の上げ下ろしの途中再びギックリ腰になってしまった。最初に比べると痛みも、治るまでの期間も半分ぐらいだったが、2年間で2回も強い腰痛を経験した為しっかり腰の自信を亡くしてしまった。 治療師になって28年この経験が私を腰痛治療の専門家にしてくれた、誰でも自分の経験したことがその事に対し詳しくしてくれる。専門家にしてくれる。 開業以来カイロ治療の勉強会を治療師仲間と常に持っているが、私の腰痛はなかなか頑固でベテランにとってもむずかしく少しは軽快するが完治してくれない。時には悪化する厄介な腰だった。私は現在沢山の腰痛患者を手当するが、私が経験した様な難しい腰を持っているいる人が沢山いる。経験を積みレントゲン写真を見る機会が増えてから、私自身も初めて腰部のレントゲン写真を撮り、自分の腰を知った。立位の腰部のレントゲン写真は後面と側面から撮る、側面から撮った私の腰部は仙骨に対し腰椎5番が約1cmも前方に変位している、中程度のすべり症である。このタイプの人は不用意に伏せてはならない、伏せただけで腰が痛くなってしまう、治療師も私も気ずかず伏せて手当を受けていたのだ、必ずザブトンを腰に入れて伏せねばならない。 今まで手当しても、なかなか好転しなかった人のかなりの部分が私のタイプの人である。腰椎4・5番に触診するとポコット陥没し不安定である。階段状の変形がある。私はこのタイプを手当するのが上手になった、私の痛みを取ってもらう方法で取ってあげればいいのだ。私の治療院にはアメリカで発明されたトンプソン治療ベットがある、少し暇な時私のアシスタントに腹側からアジャストしてもらうのだ。その場で楽になる。 腰を反らすと痛い、伏せて寝ると痛い、足にしびれが無いのに腰が重く辛いのが取れない人、その様な不快症状の有る人は、私と一緒なすべり症の人か、腹筋が無く腰椎が過前わんに成り横から見た時の重心線が狂った人である。トンプソンベッドで腹側からのアジャストを経験してみてください。等尺性の腹筋運動も有効だ。 腰痛には色々あるが、朝早く腰が痛くて目が覚める、長時間寝るとより痛い、この様な腰痛を私は四時半病とよんでいる。女性が50歳 男性が60歳ぐらいから起こるいたみだ。
カイロ治療師としての最初の20年間、腰痛の人を手当てするとき、レントゲンを見る機会に恵まれなかったため、問診 触診 動診をして背椎を頭に描き、治療の方向 強さ 深さを決めアジャストをしたものである.その間延べ10万人ぐらい手当てをしたが骨折などの事故が起こらなかったのが幸いだった。 朝,腰が重い 痛い 仕事を始めると痛みが無くなる人の腰部のレントゲン写真には、腰椎の骨棘の形成、ブリッジの形成即ち骨がつながるなど、骨の増殖が見られる。この様な椎体の変形が見られる人が、朝の腰のこわばりがあり、長く寝ていられない人である。 病院で言う変形性脊椎症である。 これが即ち私が言う四時半病である。この様な人は、早く起きて散歩をする、仕事を始めると痛みがとれる。身体を動かし、温めると楽である。私の治療院にもこの様な方がたくさん来てくださる。無理の無い強さで背中を押圧し、腰をマニピュレイション台で左右へ振ってあげている。関節を緩め動きを与えてあげるのだ。動きの無い腰椎の靭帯と関節は、比較的短時間で骨化してしまう。家庭での手当ては、少しぬるめの風呂にゆっくり入り、温めて軽い屈曲 伸展 側屈 回旋をしよう。
私が治療師の勉強を始めた30年前は、腰痛の患者さんに治療ベッドに伏せていただき,後方から背中、腰部を押せば、ほとんどの患者は、楽になり喜んで帰ったものである。
15年ぐらい前から、ベッドに伏せただけで腰痛が悪化し、立ち上がる事もままならぬ人がいる。 ただ伏せただけで。 日本人の腰に何か変化が起こっているようである。 背中、言い換えると姿勢は、生活習慣によって作られる、私が勉強を始めた30年前の働き盛りの人は、戦前、戦後何もない時代、牛馬の様に身体を粉にして働いた方である。ほとんどの人は、農業を経験し腰を屈曲して鍬を用い、主婦は前屈で手で洗濯し、ほうきで掃除をしたものだ。本来前弯の腰椎は無理やり後弯になっていたのだ。腰、猫背の出来上がりである。このタイプは伏せてもらい後ろから年齢を考えて、ていねいに押せば、ほとんどの人は軽快したと喜んで帰っていく。 現在は車社会、一見、背は伸び、足は長くなりスタイルは良くなったが、筋力が無い、その上女性はハイヒールを履く、腰は必然的に過前弯になる。お腹突き出し姿勢が定着する。30年前は欧米型腰痛と言って少数派であったが現在は多数派である。腰痛の原因は、時代と共に否、生活習慣と共に変わるのである。最近では高齢の人以外は基本的には、欧米型のお腹突き出し、腹筋弱化のパターンである このタイプの人は、伏せて治療を受ける時、必ずお腹にザブトンを入れ、腰をサポートして背中を押してもらわなければならない。家庭での手当ての時、8割の人にはお勧めだ。 私は旅行が大好きである。海外 国内年に3-4回でかける。必ず持って行く物がある。ジョギングシュウズである。ほとんどの旅行は夫婦二人で行く。 二人仲良くジョギングシュウズを持って行く。今回のゴールデンウイークは山陰の鳥取へ行った。 駅前のホテルに宿を取り 朝6時30分に出発だ。必ず地図と小銭数千円を持つて行く 遠くまで行って迷い帰れなくなった時の用心のためだ。海外で走る時は特に重要だ タクシーでホテルに帰るために持って行く。もう一つ大事な事がある ホテルのフロントに「おはよう」と声を掛けることだ。ジョギングシュウズにジョギングパンツ ホテルの客と覚えてもらう為だ。 鳥取駅から県庁 鳥取城 方面へ走る早朝のすがすがしい空気 新緑の城山 満開のさつき 知らない街には必ず新しい発見がある。約一時間汗をかく 市内中心の観光ポイントはほとんど走破した。旅には色々の楽しみ方があるが この様な楽しみ方もある。
私は旅行が大好きである。
先日交通事故で 車に跳ねられ2メートル飛ばされ 首を痛めた女性を手当てした。2メートルも飛ばされたのだから かなりのダメージを受けているだろう と慎重に検査したが軽い捻挫程度で 頚椎4-5の軽いアジャストで軽快する。彼女曰く自分は肉が厚いから助かったと言う。確かに肥えている身長160ぐらいで 70キロぐらいある。これでも30キロ痩せたと言う。昨年半年で減量に成功したと言う。すごいことだ。驚いた。私も一つ必ず成功する方法をしっているが 彼女の方法を聞いてみた。方法は簡単 朝と昼をしっかり食べ夜を抜くのだそうな 言うはやすし継続はかなり難しいだろうと思われるが 彼女は明日の朝しっかり食べれると夢にみてお茶をのみ 寝たと言う。半年で30キロ リバンドしていないらしい.私の治療院のスタッフの一人もその話を聞き さっそく挑戦2週間で5キロ痩せた。意思の強い人は 挑戦すればいい。昔から 朝食は金 昼は銀 夜は銅と言われている。朝食を大事にし昼間は汗をかき 仕事にはげめばかならず痩せれる。これからは 暑くなるお茶をたくさん飲む事が大事だ。
時々かなり遠方からの来院があるが 先日四国の太平洋の見える地に住む人から予約あり 数年前まで 広島に住んでいたのだが主人の転勤でその地へ引越した。その地域の上手なカイロプラクターを紹介してとの事で 紹介し何度か行ったが 広島での手当が忘れられず時々用事を作って来院する。今回は背中と首が痛いと言う。治療師は時間と費用を掛けて遠方から来られると何とか一回で 直してあげたいと知恵を絞る。一年前から開発したトムソン治療ベットを使っての手当てで 別の人の背中みたい 楽になったと言う。先生この手当て初めてよねっと 念を押す。患者は今までにされた手当てを覚えているものである。遠くから来てくださる患者は 治療師を育てる糧になる。感謝。感謝。
![]() 数ヶ月前 強い腰痛で来院した若いお母さんから 電話あり。再びギックリ腰かと思いきや 3歳の娘が ほんの数分目を離した間に泣き出し 手をだらり腕にも肩にも触らしてもくれない 何が起ったか解らないとの電話。電話の話からすると肘内障と思われるが 手も引いていないと言う。住所を聞くと私の提携病院であり手伝いをしている某病院の近く 泣かれるのも辛いが何よりも近い 電話番号と住所を教える。病院だからレントゲンを撮られるよと一言。午後の診察の一番に見てもらいドクターに整復してもらったとのこと。すべて解決するのに 一時間半ほど。私には泣かれなくて済んだのと お母さんには近いのが良かった。ドクターから肘内障だったと連絡あり 2~4才の小児は肘が一人遊びでも外れる事があるのでお母さんはビックリしないようにしよう。
治療師は体力が勝負 昨日30数人手当てしたが 午前3時間昼休憩1時間30分午後5時間連続手当てする。 持続力が無いと集中力が途切れ良い治療が出来ない。私が10kマラソンに参加するようになったのは 明石海峡大橋開通記念世界ベテランズマラソン4回大会からである。 それから20数回参加するが 昨年と同じ大会に参加した時前年記録と同じだったのを喜ぶのである。 昨年の桜マラソンは 満開の田布施川の桜アーチを走ったが 今年は寂しい大会であった。しかし走るのには幸いで気温最適 微風である。今日は自己記録更新と最初から走る。5分短縮に成功51分43秒であった たいした記録ではないが自分にとっては大記録仲間4人と温泉で祝杯。治療師はいつも自分の身体を鍛えいい状態で患者に当たらねばと思う。
●カイロプラクティックとは?●カイロプラクティック院広島の特色![]() ![]() ■元広島カープ ロペス選手の感謝文 「時々アメリカでカイロプラクティックの治療を受けていました。5年前広島カープに入団した時、友人に広島にカイロプラクターがいるかどうかを尋ねると彼は伊藤肇先生を推薦してくれました。それ以来、5年間調子が悪くなると来院してます。特に首や頭が痛くなり背中に痛みが走ったりする時は、伊藤先生のカイロプラクティックを受けるとすぐに調子が良くなりホームランやヒットを打つことが出来ました。サンキュー。2001/9/17ロペス」 For sometime I have been receiving chiropractic treatment in America.When I joined the Hiroshima Carp five years ago, I was a chiropractor in Hiroshima and He recommended Dr.Ito. Since then for the past five years, I have been getting treatment when my condition has been bad, especially when I've had treatment or acupuncture for my back . As soon as I got treatment , my condition improved, and I was able to make homeruns and hits . |
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